稽古場にいると色々な事を考えるなあ・・・・

自分の芝居のこと歯もちろんだが、これからどうするのかとか、真実とは何かというような漠然としたものとか、
演劇的な方向性とか、もっと雑多な「人」のこととか・・・・

集中するには、雑念が多いお年頃なのか?


今は、役者としてもっと舞台に立たないとな。

あれやこれや、色々と思う毎日。
しかし、すべては俺という人間から発信していかなくてはいけないんだな。
そう思っているのなら、そう思っていると表さないと。


確実な方向性というか、目標というか、目指していくものを

もっと明らかにしていかなきゃならないよな。
そうしないと、みんなが路頭に迷う。

集団てなんだろう?今の日本を見ても思うが、確実な(ある意味傲慢な)カリスマ的な指導者はやっぱり必要なのかなあ・・・・

鶴の一声を待ち続けると、いつまでも待てるのかなあ。
その間に、時が流れる。


演劇をしたい若い人たちと過ごすと・・・・

最近、自分が言っていることに、ふと、気付く。
あれ、これ、スタニフラスキー・システムじゃないかな?
いや、久保栄演技論かな・・・・
いや、アクターズスタジオだったっけ・・・・

結局は、そこに俺の芝居も落ち着くのかな。


何をすべきか

ずっと頭の中で、もうヒトリの俺が叫んでいる
俺は、これからどんな芝居をしていけばいいのか・・・・
だれか、先輩に聞くのがいいのか?いや、今更、そんなこと出来ない・・・・・
暮らすのに金も欲しい。と、いうことは、赤字にならない仕事もしたい。
しかし、時代に流された仕事ばかりじゃいけない。
俺は、俺のやりたいことをやらなくてはいけない。
そう思う。

抱えている台本もある。
共感する作品もある。
だが、今、立ち上げるだけの体力と気力がないな。
ダメだな。

しっかりせえ!自分。


おっとっと

最近、身体動かねえ。
頭、働かねえ。
眼が見えねえ。
不器用になったんじゃないか?

おいおい、
こんな無様なままじゃいけねえ。死んでしまった俺を蘇らそうぜ。頑張れ、自分!
負けるな、自分!


ふと、気が付くと・・・・

もうすぐ50年生きていることになるんだよな。
何か出来たのかなあ、何も出来ていないようにしか感じない。
誰の為にもなってないような気もする。
せめてみんなの思い出の中に残る役者になりたいな。
迷惑かけて生きて来た俺を許してもらうには
そういう仕事をしなくちゃな・・・・


これから、どこに行くのだろう

ひとつの芝居が終わった時、今さっきまでの時の流れがピタリと止まる。
「終わった」という実感と虚無感を味わう瞬間だ。


勝手なもんだ

役者はいいよ。どんな人間にもなれるんだから。
だから、面白くもあり、苦しくもある。


忘れちゃならない

いつまでも子供でいいと思う。自由な心からしか豊かな発想は生まれないよ。


絵を書く

真っ白な紙に自分の世界を書いてみる。書き出しは勇気がいる。 思うように絵が書けない。 う〜、あまり上手くない……消して書き直す。 今度は、いい線が引けた。 世界が少しずつ構築されてくる。 いつの間にか、ここにいるはずの僕は、絵の中で生きている。


芝居も同じ

ただ違うのは、絵を書く素材が違うと言う事。
白い紙であるときもあり、色付きの紙もあり、木の時も、金属の時もある。
僕は無垢の素材に、命を吹き込む。
それでも僕はあらゆるものを使って絵を書く。

解き放ちたくて

僕は走る。
そんな時、僕の心は多摩川にいる。
暑い夏の照りつける暑さの中に……白球を追いかけ、大声だして。
もう二度といやだと思ったあの渇き。
それなのに、決まって僕はあそこに帰る。


何があると言うのか

そこに、野球場に……。ここにしかなかったんだ 、自分をさらけだす場所が。 何の為でもない、自分の為の場所。 自分を知る場所。 この場所で、僕の神経は 身体を動かす為に最も鋭敏になる。 身体と心が一つになる事を知った場所だ。 それと、それがどんなに難しいか知った場所だ。


いま

稽古場にいる。
風景は違うけど、ここも、僕にとってはグランドだ。
血が騒ぐ。何かをしろとはやし立てる。
叫び出す瞬間の衝動を今日も楽しんでる。もう、止められない。


ふと

立ち止まってみた
今、僕は何処にいるのかと・・・・

声が聞こえる。
「おまえは、どんな役者だ?」と。
僕は、それに答えなくてはいけないんだろう、きっと。


僕は・・・・

いつも、いい子でいたかった。
いや、今もそうかな。
いい子になる為、ホントの自分を出さずにいる、ずるいいい子。
誰も知らない人間が僕の中でうごめいて来ている、「ここから出せ」と。
僕だけが、その声を聞いている。いや、もうきっと誰かの耳には届いているに違いない。


ははは・・・・

かくれんぼは、もう止めた。
俺は、ここにいるよ。
そうだよ、もう「かくれんぼ」は止めたんだぜ。

さて、次は何するかな・・・・


生きていてさ・・・・

人と話すのがいやになったことないかな。
何で話さなきゃならないんだろう、なんて、考えた事ないかな。
でも、人の中で生きているんだよね、僕は。
だから、話さなきゃいけないし、思っっている事を伝えなきゃいけない。
僕はそれがすごく嫌いだったんだよ。


ずいぶん長い間

ここに書くのは久しぶりだな。
今、芝居屋でいる自分がうれしい。
役者でいる自分がうれしい。

少し、この道が見えてきた・・・・・


最近ね、面白いんだよ。

やらなきゃならない仕事が山ほどある。
仕事と言えるかわからないものばかりだがね。
芸術創造なんて、そんなものじゃないかな。
決まり切ったものじゃなく、無から有を、ある存在価値を生み出す。
誰にもその過程は理解されないかもしれない、悲しいかな。
しかし、理解させなきゃいけない使命がある気がする。
目をつぶって通り過ぎちゃいけない気がする。


芝居に存在するエネルギー

それを作り手は増幅し、劇空間に拡散させなければいけないんだ。
劇空間の波動はその幕が下りても観客を揺るがし、酔わせていなけりゃ。
俺はそんな芝居を作り続けたい。


劇団にいるからって。

今は、どれだけの人とこれから歩めるかは正直わからない。
いい意味でも、そうじゃなくても方向性が無数にある気がするから。
それでいいんじゃないかな。
師が言ってた、一世代論が、確かに存在する。
ただ、どこに行こうと継承するべき事をきちんととらえていたい。
伝統に甘んじているだけでは存在の価値を失う。
なぜ、自分が存在しているのかさえ見失いかねない。


秩序の中のみ

自由は存在するんじゃないかな。
どこに向いてどこに歩むかも自由か?
それなのに集団は必要なのか?


おれたちは・・・・・

芸術家だよな、創造者だよな。
今までの轍に甘んじ、その上を歩くだけで自分の仕事をしたと思ってていいのか・・・・・ 
 
それが芸術家のすることか。
想像力と努力の無い生産物に魂はない。
へたでもいい。
魂だけは打ち込みたい。
生きるための仕事じゃなく、創らなければいけないから生きているんだ。
結果を追い求めているだけでは、バカな俺は魂を失う。